前回は、
来年の生活費を今年から準備する理由について書いた。
今年使う生活費は、
前年のうちに確保する。
そして、
来年使う生活費は、
今年のうちから毎月一定額を準備する。
そうして、
暮らしと相場を切り離しておけば、
「今月は勝たなければならない」
という事情を、
相場に持ち込まずに済む。
今回は、
そこからもう少し話を広げてみたい。
ワシは、
手元にある現金を、
すべて株や投資信託へ回しているわけではない。
投資に回せば、
もっと増える可能性はある。
それでも、
全部を投資しようとは思わない。
なぜなら、
ワシにとって現金は、
「投資していない金」ではないからだ。
生活するための金。
来年に備える金。
何かあった時に使える金。
そして、
相場でチャンスが来た時に動ける金。
同じ現金でも、
それぞれに役割がある。
今回は、
そんな「投資しない金」について書いてみたい。
■この記事でわかること
・なぜ現金をすべて投資に回さないのか
・今年の生活費と来年の生活費をどう考えているのか
・現金を持つことがなぜ投資の余力にもなるのか
・「現金=何もしていない金」ではない理由
・お金の心配をしなくなると、金の使い方がどう変わるのか
■結論
👉 現金は、投資できずに余っている金ではない
👉 生活費には生活費の役割がある
👉 来年に備える金には、その役割がある
👉 投資に使える現金があれば、買い場を待つこともできる
👉 すべてを投資に回さないことも、ワシにとっては資産管理の一部である
現金は、
株のように値上がりしない。
配当金も生まない。
だが、
金を増やすことだけが、金の役割ではない。
ワシは最近、
ますますそう思うようになった。

■年末が近づくと、今年の生活費は減っていく
10月に入り、
今年も残り3か月になった。
当然だが、
今年分として確保していた生活費口座の残高は、
毎月少しずつ減っている。
食費もかかる。
光熱費もかかる。
日々の生活に使うために用意した金なのだから、
減るのは当たり前である。
一方で、
来年度分の生活防衛資金は、
計画通り毎月一定額を積み立てている。
だから、
今年分の口座だけを見れば、
残高は減っていく。
だが、
来年分は反対に増えている。
つまり、
今年使う金から、来年使う金へとバトンを渡している途中
なのである。
ここだけ見ても、
ワシにとって現金は、
単に銀行口座に眠っている金ではない。
ちゃんと役割を持っている。
■今年の生活費、本当に足りるのか?
最近、
今年分の生活費口座を見ながら、
時々考える。
「これ、年末まで足りるのかな?」
別に、
深刻に心配しているわけではない。
ただ、
残高は確実に減っているから、
何となく眺めている。
ところが、
どうも計算してみると、
足りそうなのである。
いや、
それどころか、
このままいけば、
10万円から20万円くらい残るかもしれない。
実は、
もし少し足りなくなったとしても、
ワシには別に心配はなかった。
配当金が、
へそくりのように〇十万円たまっている。
いざとなれば、
そこから補填すればいいか。
そのくらいに考えていた。
ところが、
どうやら、
それすら必要なさそうなのである。
■余ったら、どうする?
では、
年末に10万円、20万円残ったら、
どうするのか。
おそらく、
そのまま来年度分へ繰り越せばいい。
別に難しい話ではない。
ただ最近、
少し別のことも考え始めている。
どうせ残りそうなら、
外食を少し増やしてもいい。
弾丸ツアーにでも行ってみようか。
そんなことも考える。
ここで大事なのは、
「余りそうだから、何としても使い切ろう」
と思っているわけではないということだ。
行きたいところがあれば行く。
食いたいものがあれば食う。
何もなければ、
そのまま残せばいい。
前々回、
配当金について、
「金が入ったからといって、使い道をわざわざ探さない」
と書いた。
今回も、
考え方は同じである。
■現金を持つと「機会損失」なのか
投資をしていると、
現金を持っていることを、
「もったいない」
と考えることがある。
株なら値上がりするかもしれない。
高配当株なら配当金が入る。
インデックス投資なら、
長期的な成長も期待できる。
だったら、
現金も全部投資へ回した方がいい。
数字だけを見れば、
そういう考え方もあるのだと思う。
だが、
ワシはそうしない。
なぜなら、
投資へ回した瞬間から、
その金は相場の影響を受けるからである。
明日必要になるかもしれない金。
来年の生活に使う金。
何かあった時にすぐ使いたい金。
そんな金まで、
値上がりするか、
値下がりするか分からない場所へ置く必要はない。
増やすことが目的の金と、守ることが目的の金は違う。
ワシは、
そう考えている。

■現金があるから、投資でも待てる
そして、
現金にはもう一つ役割がある。
投資のチャンスを待てることだ。
株価が高い時に、
無理して買う必要はない。
欲しい銘柄が、
自分の考える買い場まで下がってくるのを待てばいい。
買いたいものがなければ、
現金のままでいい。
ワシは、
インデックス投資については、
先進国株式とS&P500へ、
毎月それぞれ10万円。
合計20万円を、
NISA口座で淡々と積み立てている。
ここは、
相場が上がろうが下がろうが、
基本的に変えない。
一方、
スイングや高配当株は違う。
買いたい価格が来なければ、買わない。
高配当株も、
最近は新規購入や買い増しをしたいと思える場面が、
なかなか来ていない。
だったら、
待てばいい。
現金があるからといって、
無理に働かせる必要はないのである。
■最近の相場を見ていると、余力の意味をさらに感じる
最近、
株価の動く幅が、
以前よりずいぶん大きくなったように感じている。
ワシの感覚で言えば、
昔は、
卓球台の上でラリーをしているような値動きだった。
それが、
バレーボールコートくらいに広がり、
今では、
テニスコートくらいの幅で、
株価が行ったり来たりしているように感じる。
この先、
サッカーコートくらいまで広がるのか。
ゴルフコースだけは勘弁してくれ。
そんなことまで考えてしまう。
もちろん、
これはワシの感覚的なたとえである。
だが、
値動きが大きくなればなるほど、
余力の大切さは増すと思っている。
信用余力。
そして、
キャッシュの余力。
目先の一勝、一敗よりも、
こちらの方が、
投資家として生き残るためには、
よほど大事なのではないか。
最近、
そんなことを改めて感じている。
■「全部投資する」が正解とは限らない
投資を始めると、
どうしても、
「いかに多くの金を投資へ回すか」
を考えがちになる。
現金比率が高いと、
機会損失のように感じる。
だが、
ワシは、
現金を残すことを、
投資できていない状態だとは思っていない。
生活を守る。
来年に備える。
急な出来事に対応する。
買い場を待つ。
そして、
相場が荒れた時にも、
慌てずに済む。
これだけの仕事をしてくれる。
そう考えれば、
現金だって、ちゃんと働いている。
利息や値上がり益という形では、
ほとんど見えないだけである。

■金の心配をしなくなると、使い方も変わる
最近、
もう一つ感じていることがある。
金の心配をしなくなると、
不思議なことに、
金の使い道を必死に探さなくなる。
ケチケチしているわけではない。
食いたいものがあれば食う。
行きたいところがあれば行く。
必要なものなら買う。
だが、
「あれも欲しい」
「これも欲しい」
「もっと高いものを」
という欲が、
以前ほど湧いてこない。
昔のワシは、
収入が増えれば、
それに比例して生活水準も上がっていくものだと思っていた。
服装が変わる。
身につけるものが高級になる。
食べるものが豪華になる。
旅行も豪華になる。
車もワンランク高級になる。
それが、
経済的に余裕ができてきた証だと思っていた。
だが、
最近は少し違うように思う。
それは、
本当の意味での余裕ではなく、
周りに対して、そして自分自身に対して、
「余裕があるように見せること」
だったのかもしれない。
■持っている余裕と、使って見せる余裕
金を持っている。
いつでも使える。
何かあっても困らない。
でも、
必要がなければ、
使わないし、使いたいとも思わない。
今のワシは、
こちらの方が心地いい。
以前は、
少し背伸びして贅沢に使うことが、
充実感だと思っていた部分もあった。
自分へのご褒美とか言い訳しながら・・・
今になって考えると、
それは、
「リッチに見せたい」
という見栄だったのかもしれない。
一方で、
今ワシが感じているのは、
金を使って見せる満足感ではない。
持っている余裕。
いつでも使える余裕。
でも、使わなくてもいい余裕。
前々回書いた、
「リッチ」と「ウェルシー」の違い。
あの話が、
最近ますます、
自分の中で腑に落ちてきている。
👉まとめ
なぜ、
現金をすべて投資へ回さないのか。
ワシの答えは、
単純である。
現金にも、ちゃんと役割があるからだ。
今年生活するための金。
来年の生活に備える金。
急な出来事に対応する金。
そして、
投資のチャンスが来た時に動ける金。
株や投資信託へ回せば、
もっと増える可能性はある。
だが、
すべての金に、
「増える」という仕事をさせる必要はない。
守る金があっていい。
待つ金があっていい。
その余力があるから、
相場でも焦らなくて済む。
生活でも、
金に追いかけられなくて済む。
今年の生活費が、
年末に10万円か20万円残るかもしれない。
残れば、
来年へ回してもいい。
本当に行きたいところがあれば、
弾丸ツアーに使ってもいい。
どちらでもいい。
大事なのは、
「金があるから使わなければ」でも、
「金があるから投資しなければ」でもない。
その金に、
今どんな役割を持たせるのか。
それを自分で決められることなのだと思う。
現金は、
何もしていないように見える。
だが、
ワシの暮らしと投資を、
後ろからしっかり支えている。
そう考えると、
投資しない金にも、十分な仕事がある。
今のワシは、
そう思っている。
■次回予告
今回は、
現金をすべて投資に回さない理由について書いた。
投資に使える金があっても、
買いたいものがなければ、
無理に投資する必要はない。
これは、
ワシの高配当株投資でも同じである。
現在の保有銘柄は31銘柄。
目標は50銘柄だ。
だが、
目標に近づくためだけに、
新しい銘柄を買うつもりはない。
既存銘柄の買い増しも含め、
納得できる買い場を待つ。
次回は、
第40回|高配当株50銘柄への道|31銘柄から先を急がない理由
ワシが目指している高配当株投資の形と、
買い急がない理由について書いてみたい。
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